大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7649号 判決

原告 鈴本淑仁

右訴訟代理人弁護士 遠藤誠

被告 破産者川名栄吉

破産管財人 海老原信治

被告 川名敏弘

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人 大和田忠良

同 矢吹忠三

同訴訟復代理人弁護士 村田友栄

同 菅沼政男

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

(第一次の請求)

原告に対し

1 被告管財人および被告敏弘は、別紙物件目録記載第一ないし第三の建物(以下総称するときは本件建物といい、個別にいうときは本件第一の建物、第二の建物、第三の建物のようにいう)を収去し、別紙物件目録記載の土地(以下単に本件土地という)を明渡せ。

2 被告長子、同隆夫は、本件建物から退去して本件土地を明渡せ。

3 被告らは、連帯して、昭和四〇年一月一日以降(但し被告敏弘、同長子、同隆夫については昭和四一年一二月三〇日以降)右土地明渡しのすむまで、一ヶ月二六六〇円の割合による金員を支払え。

(第二次の請求)

原告に対し

1 被告管財人は、本件建物を収去して、本件土地を明渡せ。

2 被告敏弘は、本件第一の建物についてなした、昭和三九年四月九日東京法務局北出張所受付第一〇五六二号をもってした被告敏弘名義の所有権保存登記の、本件第二の建物、同第三の建物につき、昭和三九年一月二一日同法務局出張所受付第一二九九号をもって、同年同月一七日の贈与を原因として、被告敏弘のためにした所有権移転登記の各抹消登記申請手続をせよ。

3 被告敏弘、同長子、同隆夫は本件建物から退去して本件土地を明渡せ。

4 被告らは連帯して、昭和四〇年一月一日以降(但し被告敏弘、同長子、同隆夫においては昭和四一年一二月三〇日以降)右土地の明渡しのすむまで一ヶ月二六六〇円の割合による金員を支払え。

(第三次の請求)

原告に対し

1 被告管財人は、本件建物を収去して、本件土地を明渡せ。

2 本件建物の所有権が被告敏弘には存在しないことおよび右建物の管理、処分権が被告管財人に専属することを確認する。

3 被告敏弘、同長子および同隆夫は本件建物から退去して本件土地を明渡せ。

4 被告らは連帯して、昭和四〇年一月一日以降(但し被告敏弘、同長子、同隆夫においては昭和四一年一二月三〇日以降)右土地の明渡しのすむまで一ヶ月二六六〇円の割合による金員を支払え。

(第四次の請求)

原告に対し

1 被告敏弘は、本件建物を収去して、本件土地を明渡せ。

2 被告長子、同隆夫、同管財人は本件建物から退去して本件土地を明渡せ。

3 被告らは連帯して昭和四〇年一月一日以降(但し被告敏弘、被告長子および同隆夫においては昭和四一年一二月三〇日以降)右土地の明渡しのすむまで一ヶ月二六六〇円の割合による金員を支払え。

との判決ならびに以上各請求につき、訴訟費用は被告らの負担とするとの判決および仮執行の宣言を求めた(但し、第二次の請求2については除く)。

二  被告ら全部

主文と同趣旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

第一当事者間に争いのない事実

(一)  本件土地が原告の所有であること。

(二)  原告が、本件土地を、破産者に対し、昭和三八年五月六日賃料を月二六六〇円、賃借権の譲渡転貸を絶対にしないこととの約束で賃貸したこと。

(三)  破産者が、昭和四〇年一〇月二七日午前一〇時東京地方裁判所において破産の宣告を受け、被告管財人がその破産管財人に選任され就任したこと。

(四)  原告が、被告管財人に対し、昭和四〇年一二月二九日到達した書面をもって、右破産を原因として、民法六二一条により、本件土地に対する前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと。

(五)  本件第一の建物につき、昭和三九年四月九日東京法務局北出張所受付第一〇五六二号をもって被告敏弘の所有名義で所有権保存登記が、同第二、第三の建物につき、いずれも昭和三九年一月二一日同法務局出張所受付第一二九九号をもって、同年同月一七日の贈与を原因として、破産者から同被告のために所有権移転登記が各なされていること。

(六)  原告が、破産者に対し、昭和四〇年一月二〇日到達した書面をもって、借地権の無断譲渡を理由として、賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと。

(七)  本件土地の約定賃料額が一ヶ月につき二六六〇円であったこと。

第二争点に対する判断

一  破産宣告を理由とする解約申入れにもとづく請求について

破産者に対する破産宣告が、訴外一ノ瀬緑および同愛別ベニヤ株式会社の申立によってなされたものであることは当事者間に争いがなく、右申立債権の元本額が合計五五万六〇〇〇円であることは弁論の全趣旨に照らし当事者間に争いがない。

そこで、右訴外両名によって、右破産の申立がなされるに至った経緯について検討する。

≪証拠省略≫によると次のような事実が認められる。

前記訴外一ノ瀬は破産者に対し、満期昭和二七年四月八日、金額三五万五〇〇〇円の手形債権を有しており、訴外愛別ベニヤ株式会社も、破産者に対し、満期昭和二七年四月一八日、金額一五万円、満期同年五月二〇日金額一三万五七三〇円の約束手形金債権を有していたので、いずれもその支払いを求めるため、東京地方裁判所に対し、昭和三〇年頃その旨の訴を提起した。

右訴は、破産者の抗争により、最高裁判所の上告審判決を経て、昭和三八年頃右訴外人らの勝訴となって確定した。

訴外一ノ瀬は、右確定判決に基いて、破産者所有の居宅兼店舗(建坪三八坪五合)に対し強制競売の申立をし、昭和三八年一二月二五日競売開始決定を得たが、その後右建物が取りこわされて存在しないことが明らかとなったため競売の申立が却下され、訴外愛別ベニヤ株式会社は、右確定判決に基いて昭和三九年一月九日破産者の占有する動産(家具類)に対し強制執行のため差押をしたが、訴外有限会社丸協荒川商店(代表者川名隆夫)から第三者異議の訴をもって抗争されるに至った。

更に、これより先、右訴外両名は、破産者所有の建物(居宅兼店舗建坪三二坪)が、破産者の長男である川名太之助が代表者をしている訴外三貢ベニヤに譲渡されているのを発見し、破産者の責任財産の回復をはかるため、昭和三〇年頃東京地方裁判所に対し、右三貢ベニヤ株式会社を被告として、詐害行為取消の訴を提起したが、右訴も、第一、二審において右訴外両名が勝訴したが、右三貢ベニヤの抗争するところとなって上告審に係属するに至り容易に確定するに至らなかった。

更に、右訴外両名は、本件第二、第三の各建物が、昭和三九年一月一二日付をもって破産者から被告敏弘に贈与を原因として所有権移転登記されていることを知り、破産者に対する右債権回収のためには、破産者に対する破産申立をして破産宣告を得て、否認権行使などの方法により責任財産の回復を得べきものと考えるに至った。

破産の申立に先立ち、訴外一ノ瀬は原告に会い、破産者に対し破産の申立をする意向のあること、破産の宣告がなされたときは、破産宣告を理由に原告において破産者に対して賃貸中の本件土地の賃貸借契約を解除して本件土地の返還を求めることができるので原告に利益となることなどを話し、破産の申立について原告の意向をただした。

これに対し、原告は、本件土地につき自己使用の必要があったところからそのような結果が得られるのであれば破産申立の費用程度は原告において負担してもよい旨を答えたので、右訴外両名は話合いの結果、訴外一ノ瀬を申立人として破産の申立をすることとし、昭和三九年一〇月六日訴外一ノ瀬において、破産者を相手方として破産の申立をした。

右申立をした後の昭和四〇年四月初旬頃、訴外一ノ瀬およびその訴訟代理人松井弁護士と原告夫婦および原告の代理人遠藤弁護士などが参会して、破産宣告があった際の原告から右訴外両名に対する利益の供与について話合い、原告より右訴外両名の破産債権総額と、破産申立に要した費用の半額合計七五万円程度の支払いをしてもよい旨の意向が示されたが、確定的な合意には至らなかった。

以上のような事実が認められ(る)。≪証拠判断省略≫

ところで、土地賃貸借契約における賃借人について、破産宣告がなされたときは、賃貸借契約期間未到来の場合であっても、民法六二一条の定めるところにより、賃貸人において、同法六一七条の規定により解約の申入れをすることができるものと考えられる。

そして、破産宣告を理由とする解約の申入れについては、右法条に照らし、他に正当事由の存在することを要件としないことも原告の主張とおりと解する。

しかしながら、借地権者について、借地法上厚い保護が加えられているにかかわらず、右のように破産宣告のあったことのみをもって、賃貸人において賃貸借契約を解約し得ることとされているのは(立法論上その当否について議論のある点はしばらく措くとして)、破産宣告により、一般的に、賃借人の資力について信頼が失われ、賃貸人において賃料債権の回収が不能になる危険性のあることを考慮したところによるものと解されるのであって、いやしくも賃貸人において、これを利用して賃貸借契約解除の目的を遂げることを企図し、破産宣告の結果を招来せしめたような場合は、破産宣告を理由として、賃貸借契約を解除する旨の申入れをすることは、権利の乱用として、許容できないものと考えられる。

そこで、これを、既に認定した事実にもとづいて検討するに、原告は訴外一ノ瀬より、破産者に対し破産の申立をする意思のあること、および破産宣告の結果本件土地に対する破産者との間の賃貸借契約を解除できることを知らされ、自己において本件土地を利用する必要があったところから、訴外一ノ瀬に対し破産申立については、申立費用程度は原告において負担する意思のあることを告げて破産申立を慫慂し、破産申立のあった後、破産宣告までの間にも、破産申立後においても破産宣告後の利益供与について談合していることは既に認定したとおりであって、このように、原告において自ら、破産宣告がなされるように働きかけておいて、破産宣告のあったことを理由に解約の申入れをすることは許されないものと考えられる。

従って、その余の点について判断するまでもなく、民法六二一条による解約申入れを原因とする原告の請求(第一次ないし第三次の請求)は理由がないものというべきである。

二  賃借権の無断譲渡を理由とする賃貸借契約解除にもとづく請求について

(一)  破産者が、昭和三九年四月九日本件第一の建物を、同年一月二一日本件第二、第三の建物を被告敏弘に譲渡し、これに伴って本件土地の賃借権を同被告に譲渡したことは被告敏弘、同長子、同隆夫においては自白するところである。

(二)  被告管財人は右事実を争うので検討する。

この点に関し、本件第一の建物につき昭和三九年四月九日をもって被告敏弘所有名義に所有権保存登記が、同第二、第三の建物につきいずれも昭和三九年一月二一日付をもって贈与を原因として破産者から被告敏弘に所有権移転登記がなされていることは被告管財人も認めているところであり、(前記争いのない事実(五))、右事実と、≪証拠省略≫によると、破産者は、本件建物と共に本件土地の賃借権を被告敏弘に譲渡したものと認めることができるのであって、他に右認定に反する証拠は見当らない。

(三)  被告管財人は、家団の長である破産者において賃借した本件土地の賃借権はその家団構成員である被告敏弘におよぶのであるから、賃借権を被告敏弘に移転したとしても、賃借権の譲渡には当らない旨主張する。

しかし、すべての法律関係を、家族構成員たる個人を単位として律することを原則としていると理解される現民法のもとにおいては、家族集団を、その構成員たる個人とは別に、法律上の権利義務の帰属する主体として考える被告管財人の主張は、にわかに採用し難いものというべきである。

(四)  原告が、破産者に対し、昭和四〇年一月二〇日到達した書面をもって、借地権の無断譲渡を理由として、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした事実は被告らの認めるところである。

(五)  そこで、被告らの抗弁について判断する。

(1) 被告敏弘、同長子、同隆夫は、賃借権の譲渡について予め原告の承諾があった旨抗弁する。

この点に関し、破産者が昭和三八年五月頃、訴外日興信用金庫に本件建物を担保に供するに際し、原告に対し将来担保権を実行されて本件建物が他に譲渡されるときはこれに伴って賃借権が譲渡されることを承諾して欲しい旨を申し入れ、原告がこれを承諾したことは当事者間に争いがない事実である。

しかし、右のように、地上建物を担保に供するに際しその担保権実行のために建物の所有者に変更あることを想定し、その場合の土地賃借権の譲渡につき承諾を与えたことをもって、その後右担保権の実行と無関係なすべての賃借権の譲渡につき包括的に承諾を与えたものということはできないし、被告敏弘に対する賃借権の譲渡が右担保権の実行の結果なされたものでないことは弁論の全趣旨に照らし明らかなところである。

他に、賃借権の譲渡につき原告の承諾があったものと認めるに足りる証拠はないから、右抗弁は採用できない。

(2) 次に右被告らは、被告の黙示の承諾があった旨抗弁する。

本件第一の建物につき、昭和三九年四月九日付をもって被告敏弘名義に保存登記が、同第二、第三の建物につきいずれも同年一月二一日付をもって同被告のために所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、原告は本件土地の賃料を昭和三九年一二月分まで受領していることが認められる。

被告長子本人尋問の結果によると、被告長子が、訴外安田栄一、同大塚勇などと共に昭和三九年七月頃原告方を訪れた際原告に対し原告敏弘に本件建物を譲渡した旨を告げた旨の供述があるが、証人安田栄一の証言によると、被告長子が訴外安田らと原告方を訪れたのは同年一〇月か一一月頃というのであり、これと、原告本人尋問の結果を総合すると、被告長子の右供述部分はにわかに措信し難い。

他に、右被告らが主張するように、原告が、被告敏弘に賃借権が譲渡されたことを知りながら、約六ヶ月間にわたって賃料を受領していたものと認めるに足りる証拠はない。

(3) 被告管財人は、賃借権が破産者から被告敏弘に譲渡されたとしても、同居の家族(家団)の一員から、他の一員に賃借権が移転したにすぎないから、かかる賃借権の譲渡によっては、賃貸借契約関係における信頼関係を破壊するものではない旨抗弁する。

また、その余の被告らは、本件土地は破産者が家具類の販売を営む目的で賃借し、その家族らと共に本件土地でこれを営んでいたところ、破産者が病に倒れ営業を続けることができなくなったため、破産者の推定相続人の一人で、かねてから右家業を継がせる予定であった敏弘に右家業を継がせるために本件建物と共に本件土地の借地権を譲渡したものであって、右譲渡は、破産者について死亡による相続が開始されれば当然移転すべきものをその時期を早めたに過ぎないものであり、また、借地権が被告敏弘に譲渡されたからといって、その譲渡の前後を通じて建物の建築状態、土地の使用状態には何らの変更を生じていないのであるから右譲渡によっては賃貸借契約における信頼関係は破壊されるに至っていない。

従って、右譲渡を理由として賃貸借契約を解除するのは権利の乱用である旨抗弁する。

そこで右各抗弁について考える。

≪証拠省略≫を総合すると次のように認められる。

破産者は、本件土地で本件建物の一部を利用してベニヤ類の販売を営み、被告らはその家族として破産者と本件建物に同居すると共に共同してその営業に従事していたが、昭和二七年頃約束手形の不渡を生じて倒産し、その後丸協荒川商会の商号で家具類の販売を営んでいたが破産者は病気のため思うに任せず、昭和三九年三月二四日には脳溢血により倒れたため、長男、次男は共に独立していたので、当時破産者と同居して従前より家業に従事していた被告敏弘に右家業を継がせ、併せて今後の生活の面倒を見て貰うつもりで(当時破産者は六一才)、昭和三九年一月一七日本件第二、第三の建物を被告敏弘に贈与し、次いで、同年四月九日本件第一の建物について同被告のために所有権保存の登記をした。

その後も、破産者をはじめその妻である被告長子のほか被告敏弘らが本件建物に居住していたことは、右譲渡の前後を通じて何ら変更されたことはなく、また、前記営業も、特に右譲渡の前後を通じて変りなく家族協力して続けられたが、同年六月三〇日に再び不渡り手形を出し、その後は被告長子が本件建物で、川名家具店の商号で家具店を営んでいたこともある。

以上のような事実が認められ、右に反する証拠は見当らない。

そこで、右事実に基いて判断すると、破産者が被告敏弘に本件土地の賃借権を譲渡したからといって、賃貸借契約における賃貸人と賃借人間の信頼関係を破壊する程の背信的行為というには当らないものというべく、これを理由として解除権を行使することはできないものと考える。

従って、被告らの右抗弁は理由があるのでこれを採用する。

してみると、被告敏弘、同長子、同隆夫のその余の抗弁について判断するまでもなく、無断転貸による解除を理由とする原告の請求もまたその余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

三  結論

以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川上正俊)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例